お知らせ

白浜空港でのトリアージ訓練

_2012.10.21

「芸術の秋だから」との理由をつけて

院長のツマラナイ「個人的趣味の話」に4回も付き合わせると

「うちの院長、学生時代、あまり勉強してないぞ」

とスタッフに感づかれてしまうので(笑)

今回は、院長が少しだけ賢くなった証拠提示を一つ。

 

救急医療というと、大学病院の救命部研修中、病院の地下を走る現・東京メトロ丸の内線でオウムの地下鉄サリン事件が起き、サリンが足元で炸裂し意識不明となり搬送されてきた女性の担当をした経験があります。でも普段、外科医の私が救急医療に携わるのは主に後方支援病院の手術室であり、開業後も有床診療所から離れられず、救急隊の到着を待つ側でした。しかし先日、父に医院の留守をお願いし、「平成24年度南紀白浜空港航空機災害応急対策訓練」に当院の救急担当?植田ナースと初参加する機会を田辺市医師会から頂きました。

「離陸滑走中のABC航空旅客機がエンジントラブルで滑走路を逸脱し炎上」との想定で、実際参加すると、本番さながらサイレンが鳴り響き、空港滑走路を舞台に、救急車両や化学消防車が出動し、防災ヘリも登場する大掛かりな訓練でした。ユニフォームも新調頂き、お誘い下さった田辺市医師会の榎本晃芳救急医療担当理事や、恐らく一目でトリアージが出来てしまう?皆勤参加の植山雅博西牟婁郡医師会長らに丁寧な事前指導を受け、東日本大震災の現場で活躍された田辺市医師会、那須英紀先生の足を引っ張りつつ、初めてトリアージタッグを握りました。

トリアージ(Triage)とは、ウイキペディアによると「人材・資源の制約の著しい災害医療において、最善の救命効果を得るために、多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先度を決定すること」。

今回私が担当したのは、災害現場での一次トリアージ。つまり最初の篩い分けで、一人の負傷者に1分以上かけてはならないとされています。理学所見だけで判断出来る最も簡便なSTART法を用いて緊急度・重症度を判断し、救出・搬送・診療の優先順位の選別を行います。まず自力歩行できればⅢ(緑タッグ:非緊急治療群)。自分で避難頂き、残った自力歩行不可能な傷病者は、呼吸、循環、神経学的状況で評価し、自発呼吸なければ気道確保し、自発呼吸無ければ0(黒タッグ:死亡)、後で死体安置所に運ばれてしまいます。気道確保で自発呼吸が認められればⅠ(赤タッグ:緊急治療群)救急搬送となります。自発呼吸があれば呼吸回数が30回/分以上か10回/分未満でⅠ。呼吸回数が10回/分~30回/分の場合橈骨動脈触知し、触れないか120回/分以上でⅠ。爪床圧迫法による毛細血管再充満時間2秒以上でⅠ。橈骨静脈触知可能で120回/分未満で毛細血管再充満時間2秒以内なら、声掛けを行い、簡単な指示に応じられなければⅠ。応じられればⅡ(黄タッグ:準救急治療群)介助で避難となります。

しっかり頭に叩き込んだつもりでも、受傷者役が次々運ばれる実際の訓練では焦ってなかなか思うようにいきません。心肺停止のダミー人形は気道確保し呼吸停止確認の上、黒タッグを付ければ良いものの、院内では呼吸停止だけで死亡診断は行いません。つい習慣で救急隊に蘇生措置の指示を出してしまい、途中で慌てて中止。でも、やはりその時の呼吸だけで生死を判断することにとても複雑な気持ちでした。南和歌山医療センター脳神経外科で永年救急医療活動に携われてこられた西牟婁郡医師会・中北和夫先生の話ではトリアージ訓練で黒タッグ判定をしたところ家族役の抗議に悩んだとの事。家族の許せない気持ちは当然です。身内だったらとても黒タッグなど付けられないのでは?でも、迷っている暇は無く、次々受傷者役が搬送されてきます。

脊椎損傷にて搬送されてきた重症の女性。緊張しながら問診すると、女性も親切に全ての質問にお答え下さり、呼吸は問題無く循環も安定・・・。当然問い掛けで簡単な指示にも応じられるから黄タッグ・・・?

女性の胸のプラカード(カンニングペーパー?)には「意識不明」と書いてある!

ヘリ搬送予定の赤タッグの方でした。

どうやら初参加の私を気遣って、受傷者役の親切な女性は、積極的にトリアージへの協力をして下さった様子です。

・・・危うく防災ヘリの出番が無くなるところでした(笑)。

どんな症例にも動じず、無駄無く災害現場でトリアージができる強靭な精神力が、私にはまだまだ足りない様です。

また機会があればトライしたいと思いますが、次回開催は2年後との事。

残念。

トム・ジョビン:aguas de marco(3月の水)聴き比べ

_2012.10.16

日本の裏側、ブラジルでは3月は夏の終わり。カーニバルの熱狂が去り、静けさを取り戻す少しセンチメンタルな季節。その情景を詩的に描写したアントニオ・カルロス・ジョビンの代表作「aguas de marco:3月の水(雨)」は多くのボサノバ歌手がベストに掲げる文字どおりの名曲。夏のイメージが濃いボサノバの中で、この曲はしっくりと秋に馴染む。スイングジャーナル(現在廃刊)を愛読していたジャズファンの私も、夏はボサノバのファン。秋を迎え、ボサノバとの別れを惜しむ私は、「少し憂鬱」。ジョビンの女性コーラスとの駆け引きは、とてもエキサイティングでクール。でも、この曲のオリジナル、ポルトガル語の歌詞は、韻を踏んでいて、とても音色が美しく、優しい歌い方もとても似合う。日本でも小野リサや、「天使の歌声」の布施尚美(naomi&goro)は、ブラジル歌手よりも美しくポルトガル語で歌っている。ジョビンがつけた英語歌詞も、アメリカの著名なジャズ評論家、レナード・フェザーが絶賛する様に違和感なく、とても美しい。イギリスの歌姫(でもアメリカ人)、ステイシー・ケントもキュートに歌っている。難しいのはそれ以外の言葉。日本語で直訳すると、膨大な量の単語の羅列。決して歌には収まらない。完全な日本語訳は不可能とも言われている(但し、ジョビン研究家、岩切直樹氏の訳は有名)。でも、それを逆手にとり、上手い歌い手は(ボサノバ歌手に限らず)自己流に歌詞を解釈、アレンジして独自の日本語版「aguas de marco」を完成。その歌手独特の魅力を披露している。これがとても面白い。また、アマチュアも果敢にチャレンジして玉砕。それもそれで面白い。その為、ラジオでもネットでも、この曲の紹介にはいくつものバージョンを乗せて、リスナーに聴き比べをさせている。ブラジル音楽評論の重鎮、中原仁氏に至っては、今年3月、ブログで3回に渡って「aguas de marco:誕生40周年」と題し、実に様々なバージョンの解説を行っていた。

テイク聴き比べというとジャズの楽しみ方の一つである。中学時代の私はスイングの王様、ベニー・グッドマンのファン。1980年のAurex Jazz Festival来日時に聴いた「メモリーズ・オブ・ユー」でジャズファンとなった。タイムマシンがあるならば、私はまず、ジャズ評論の第一人者、油井正一氏が「ジャズ史上最もすばらしいコンサート」と絶賛する1938年1月16日のカーネギーホールコンサートで、クライマックスの「sing sing sing」を聴きたい。はっきり言って凡作であるルイ・プリマのこの曲、エッセンスは、後半のソロのパートにすべて詰まっている。グッドマンによる最高のクラリネットソロが終わり、ビッグバンドがエンディングの大合奏に入ろうとした矢先、さっきまでひたすらピアノ伴奏していたジェス・ステイシーが、グッドマンのソロにインスパイアされて、堪え切れず前面に躍り出る。極限のプレッシャーの中、自ら墓穴を掘り、一世一代のピアノソロを演じるはめに陥るのだが(可笑しくてグッドマンは笑っている)、結果は油井氏の先のコメントである。これぞ即興演奏、ジャズの醍醐味。大好きなテディ・ウイルソンのピアノ、ジーン・クルーパのドラム、ライオネル・ハンプトンのヴァイブラフォンからなるオリジナルカルテットの、一心同体となったスイングと、感興が乗って、どんどん延長する彼らの名人芸的な即興演奏(アドリブ)も素晴らしい(「China boy」では「Take one more!ベニー!」と叫んでいるのが聴こえる)。テディ・ウイルソンは、レスター・ヤング(テナーサックス)との名盤(1956年録音)もお勧め。

高校時代はジョージ・シアリングのファン。レナード・フェザーに認められデビューした盲目のクールジャズ第一人者。コンコードレーベル時代のジャズボーカリストとの共演が素晴らしく、スキャットの王様?メル・トーメや、ベースのブライアン・トーフと共に、弾きまくり、歌いまくる楽しく粋なライブ演奏は圧巻で、同ライブ録音は1983年のグラミー賞を受賞している。女性ブルース歌手、アーネスティン・アンダーソンとの共演作も、とても渋い。どちらもシアリングの名曲「バードランドの子守歌」が聴きどころ。彼らのバージョン違いを見つけては、聴き比べを楽しんでいた。

写真:ニューオリンズジャズのメッカ・プリザベーションホール(中は撮影禁止!)

大学時代、ジャズ発祥の地、ニューオリンズを訪ねた。プリザベーションホールで本場のディキシーランドジャズに出会い、感動してトラディショナルジャズに嵌った。以降、スイングジャーナルを片手に、古くは「ストライド・ピアノの父」ジェイムス・P・ジョンソンのハーレム・スタイルに始まる、ほぼ全時代のジャズを聴いた。特にJ.P.ジョンソンの「キャロライナ・シャウト:1921年録音」や「チャールストン:1925年録音」は、90年以上前の私の愛聴盤。チャップリンの無声映画にでも使われそうなとても楽しい曲。ビ・バップ・ジャズの神様、チャーリー・パーカーのアドリブは必聴(と書いてある)。でも、これは無理して子供と乗る絶叫マシン。しみじみと乗るメリーゴーランドが性に合う私には激しすぎた。ついに現代のジャズの主流、ビル・エバンスやMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)らのモダンジャズに到達するも、正直私には退屈だった(モダンジャズは高度な理論に裏打ちされている為、時に一生懸命に聴くことをリスナーは求められる・・・らしいが、理屈抜きに楽しめるスイングの方が、私は好き)。同じモダン・ジャズでも、いつの時代も前衛を突き進む「マイルス(デイビス)の知恵袋」、ギル・エバンスの方が好みで、彼の「次に何が起こるか予測不能」なSweet Basilでのライブ盤に一時嵌まった。しかし、当時すでに73歳だった彼は2年後に死去。ついに道に迷った私は、スイングジャーナルを手放し、偶然出会った小野リサのコンサートと、スタン・ゲッツ(ジャズ)とジョアン・ジルベルト(ボサノバの神様)の共演(1964年グラミー賞受賞)からボサノバの魅力に嵌まった。以降、専らメロディの美しいボサノバの聴き比べを行うようになり、ライブハウスにも通った。しかし帰省してからは、近くにタワーレコードもWAVEもHMVも無く(古い?)、ライブハウスも無く、iPodにも乗り遅れた私は、どうしようもなく、長らく音楽鑑賞から遠ざかった。

しかし、長年、音楽はCDで聴いてきたiPhone未使用のアナログ人間は、かつてのLPマニアの様に、今さらiTune等のネット配信に乗り換えできず、音楽をユーチューブで聴くなど考えられなかった。その為、恥ずかしながら、今頃になってユーチューブのライブ記録が極めて充実していることに気付いた。「aguas de marco」で検索すると、世界中のプロ・アマの演奏が無限に出てくる・・・!(あたり前)

ユーチューブで国内のいろんなアーチストの「aguas de marco」を鑑賞していると、ジャズの橋本一子は、途中緊張してスキャットの音程を大きく外し、苦笑いしているが、その後火が付いて急展開、とてもスリリングで面白くなっている。私の好きな故・市川準監督に別れの歌を捧げた小川美潮は、キッチュな魅力全開で曲芸飛行を披露している。ピアノ伴奏の江藤直子は演奏の前に「すごく簡単なようですごく難しい曲」「見失ったら最後」「ループの様でループじゃない」でも「ジョビンの曲、ベスト3に入る」と、この曲を解りやすく要約している。声楽科を出て劇団四季で活躍し、現在は素晴らしいシャンソン歌手である花木さち子も、とてもクールな「シャンソン風aguas de marco」をライブハウスで披露していて惚れ惚れする。国内では他にも、縦笛による伴奏の「フォルクオーレ版aguas de marco」もあり(アンデスよねやん&OTT)、もはやアンデスの変え歌である。演奏が終わったあと、「途中で迷子になりました」と、ぼそりと白状しているこのOTT(あっと)氏、お坊さんの結婚披露宴会場?で、「お坊さん版aguas de marco」まで披露している。

世界に目を移すと、私の一番のオススメはシカゴ在住のSara Mercedes Landazuri(mercedezzz)という自称「ブラジル音楽狂パンアメリカン(USとエクアドルのハーフ)」。最初はウクレレから入った30代前半のお母さんシンガーで、現在はブルーグラスで有名なバンジョーを片手に次々とブラジル音楽にチャレンジしている。ユーチューブでは毎回、曲目に合った、とても凝った演出や仕掛けを考えていて、愉快な演奏を試みている(失敗も計算の内)。その数は膨大で、今やユーチューブ上の「ブラジル音楽大全集」。ユーチューブでデビューを果たした新世代の芸術家かもしれない。とても器用で、「wave on banjo」などのソロでは、とても雰囲気のある歌声を聴かせてくれる。ノリの良いTiny Bandでは、愉快な仲間とコミカルに大合唱。ブラジル音楽の楽しみ方を示してくれる。「capoeira do brasil」や「upa neguinho」(エリス・レジーナ版が有名)、「berimbau」(セルジオ・メンデス版が有名)などではビッグバンドとは違ったアットホームなスイング感が魅力となっている。実際、ほとんどの演奏は自宅のリビングか友達の部屋で撮影していて、手作りの、とても温かい雰囲気が漂っている。スイングボッサとでも呼ぶべきか?リスナーも空き缶とスティックを持って一緒に参加したくなるような、まさにカーニバルのノリ。実際ピンポンの玉突きでリズムをとったりとサービス満点。そんなユーチューブ向きな彼女も、歌詞が多い「aguas de marco」だけは、どうしてもマスターできない。しかしサービス精神旺盛な彼女、リスナーのリクエストにどうにか応えようと、公開に踏み切る。だけど最初から大苦戦。歌詞を見ながらとても必死。途中シドロモドロになりながら、でも、とても楽しく歌っている。歌い終わって「もうちょっと」と笑いながら負け惜しみを言っているが、見ていてとても幸せな演奏。充分魅力は伝わっている。これぞユーチューブの好演「ブルーグラス版?aguas de marco」。これが本当にブラジル音楽が好きな人の演奏なのだと思う。数年後、生まれた子供をあやしながら、優しく歌っている様子も公開していて、見ていてとても微笑ましい。赤ちゃんもブラジル音楽が大好きで、お母さんが歌うのをやめると大声で泣きだして、でも「por causa de voce」を歌いだすと泣き止んで、とてもご機嫌。ジョアン・ドナートの名曲「A Ra」では、ついにカエルの鳴き声に合わせて踊り出す。お母さんは吹き出しながら歌っている。これがブラジル音楽の(そしてユーチューブの)本来の楽しみ方だと思う。パブではみんなと楽しく大合唱している。

他にも、ダニアン・ライスとリサ・ハニガン(只今、初来日中)によるとてもクールな「アイリッシュaguas de marco」等、世界中で「aguas de marco」は歌われ続け、続々と名演も誕生している。面白いバージョンは世界中に尽きることなくゴロゴロと転がっていて、そのどれもが味わい深く、秋の夜長にちょうど良い(お蔭で私は寝不足)。菊池成孔がラジオ放送で続けざま5バージョン本曲を流したそうであるが、ユーチューブだと20バージョン鑑賞しても私は飽きない。

当院ではUSENを使い、午前はクラシック、午後はボサノバ、夜はジャズを流している。私としては、バージョン違いで延々と「aguas de marco」を掛けていたいのであるが、家内に止められている。usenでも当然、この名曲は必ず流れてくる。最近も、私が最も好きなバージョンであり、中原仁氏も「説明不要、美辞麗句も不要。映像をどうぞ。」とブログで紹介している、ジョビンとエリス・レジーナのマスターピースが流れていたが、残念ながら終わってしまった。ボサノバの大トリ、「aguas de marco」の季節も今年は終わり。これからの季節何を流すか、まだ決まらない。

追記)ジャズは秋に向いている。でも、アドリブ演奏があると、ついのめり込んで聴いてしまう。患者様を疲れさせてはいけないので、優しいボサノバの方が向いている。でも、少し季節感に問題がある。ここに医療機関のBGMがクラシック系統になってしまう理由があるのかもしれない。尚、美術館等では現代音楽をBGMとして有効に使っており、私も使いたいが、何故か?usenには現代音楽専用チャンネルが見当たらない・・・。

医療法人 外科内科 辻医院

一般病床・医療療養型病床

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